改正貸金業法は闇金を太らす

事務所を引き払ったり、自己破産申立の準備で忙しく、このところ更新できず申し訳ありませんでした。
そんな状況ではありますが、破産当事者として見過ごせないものがあったので突っ込みます。


Chikirinの日記 2010-07-15 改正貸金業法について


貸金業法の改正、いわゆる「総量規制」についてのお話し。
多重債務者がパンクするのを防ぐため、返済能力を超える借金をしないように国が規制してやろうねという、非常にお節介な法律が6/18に施行された。具体的には、借金は年収の1/3までに規制。借金の総額は業者間のネットワークで把握され、年収は源泉徴収票や課税証明書などの証明書類で確認されるので、いわゆる抜け道はない。

ちきりんさんは、現状ではこのお節介な規制を支持するという。
日本人は「借りた金は返すべき」という道徳と、自己破産は恥であるという体裁に縛られているため、返済能力を超えた借金も、親兄弟が代わりに返済してくれたり、犯罪に手を染めて無理に返済してしまう。貸金業者もその道徳につけ込み。返済を強要する。また、その道徳と体裁に影響され、自己破産を勧める公的機関もなく、お金に関する教育がされないため、自己破産に対する知識も乏しい。このような状況にあるため、貸金業者は返済能力を超えて金を貸し、結果的に巨額の利益を得ている。この用が現状を踏まえると、市場原理に反するこの総量規制を支持せざるを得ない。そして、借金を含む金銭の教育と、闇金と違法な取り立て行為の取り締まり強化が必要であると説く。

さて、実際に多重債務を抱えて自己破産をしようとする人間としては、この意見にうなずくことはできない。総量規制が施行されることで、多重債務者自体減る可能性はある。しかし、ちきりんさんが例に挙げているような悪質な取り立ては、逆に増えることが予測されるからだ。



実際にちきりんさんが例として取り上げている悪質な取り立ての例を見てみよう。

  • 40代の人が「返済能力を超えて借りていて、もう自力では返せない」場合=田舎の70代の親が田んぼを売って、子供の借金を払う。田んぼがない場合、自分の老後資金である退職金で払ってくれる場合もある。
  • 30代の主婦が返済能力を超えて借りていて、もう自力では返せない。夫にも言っていない場合=売春を斡旋して、返させる。
  • 40代の男性が返済能力を超えて借りていて、もう自力では返せない。親も貧乏な場合=振り込め詐欺の引き出し屋や、通帳名義、携帯名義の譲渡、もっといけば、中国からの麻薬の運び人などの仕事を紹介し、その報酬で返済させる。
  • 同様のパターンで、今なら首をくくれば生命保険で返せるぜ、などと脅す、というのもあるでしょう。

ちきりんさんは、貸し手が返済能力を超して貸しても回収できてしまう例として、この4つをあげているが、最初の例とそれ以外では状況が大きく異なる。一例目の親による返済はなんら違法行為ではないが、その他はそれを強いた側も強いられた側も犯罪であることは言うまでもない。
現在、貸金業者都道府県に登録しないと業務を行えないが、社員の違法行為は登録取り消しの対象となる。そのため貸金業者はみな法令遵守にやっきになっている。例に挙げられているような違法行為を行ってまで強引な取り立てを行おうとする登録貸金業者は、存在しないといっていいだろう。
さて、ではこの例は間違っているかというと、そうではない。犯罪を過敏なぐらいに恐れる登録貸金業者は行わなくても、世の中には闇金と呼ばれる業者がある。彼らはそもそも存在自体が違法であり、暴力団などがバックに付いていたり、実際に経営しているケースも多い。売春の斡旋や携帯の飛ばし・架空口座あたりは、そう珍しいことではないだろう。違法な取り立ては闇金によって行われているのが現状だ。
この点はちきりんさんも下記の通り触れている。

こうして借り手は最後にいよいよ“自己破産させずに取り立てる”役割の金融会社に辿り着きます。大半は“闇金”と言われるような会社です。そこで彼らは24時間、会社や家族、近所中を巻き込むめちゃくちゃな取り立てに責められ、正常な思考能力を失わされます。その上で「これをやれば返せるぜ」と“返す方法”の提案を受けるのです。地獄における悪魔のささやきです。

詳しくは書けないが、私は闇金の取り立てに接したことがある。借り主は私ではないが、彼らの取り立ては借り主だけに及ぶものではない。極端な例を挙げれば、借り主の娘の担任からでも金を取ろうとする。私も借り主からはかなり遠い縁ではあったが、あたりまえのように取り立てに来た。当然のことながら返済を拒否すると、1分おきの無言電話や怪文書の投函など様々な営業妨害に遭った。2度目の取り立てで「警察に通報するぞ」と怒鳴ると、それらはぴたりと止んだ。その後闇金がどう取り立てたのか、私は知らない。



このように、闇金の違法な取り立ては大変恐ろしいものだけど、総量規制ではそれを防ぐことはできない。ちきりんさんはなぜかここには触れなかったのだけど、彼らは貸金業法から外れた違法な存在であり、総量規制の枠には影響を受けない。借り主にいくら借金があろうと、気にせず金を貸すことができる。国がどう規制をかけようと、彼らはその埒外で違法な貸し付けと取り立てを続けることだろう。
そして、総量規制によって登録貸金業者で借金ができなくなった人間は、もう闇金でしか金を借りることができない。
現在、年収が減ることは、そう珍しくはない。例えば年収450万円で借金150万円のAさんが、翌年ボーナスがカットされて年収390万円になったとする。いままでなら、一端新たに借金をしてカットされたボーナス分の借金を返し、自転車操業をしながらも生活を切り詰めれば何とか返済していくことができただろう。しかし総量規制後はそれができない。貸金業者に頭を下げて返済交渉をすることはできるが、それをすれば信用情報に×がつき、今後の信用度が大きく下がる。年収がまた上がっても、新たな借金はおろか、クレジットカードを作るのも難しくなるだろう。それならばと、闇金に走ることとなる。
こうやって、総量規制のおかげで闇金は事業拡大し、違法な取り立てはますます増えていくことが予想される。多重債務者を守るために作った法律は、年収の1/3借りてしまった人間を簡単に闇金に追いやり、結果的に闇金は拡大することとなる。

闇金の取り締まりには警察も取り組みはじめているが、強い需要があり儲かり続ける限り、完全な取り締まりは難しいだろう。潰されても雨後の筍のように新しい業者が現れ、いたちごっこを繰り返すのは必然だ。
取り締まるべきだというのは簡単だけど、警察にも限界がある。
それよりも、彼らが儲けることができない環境を作る方がよっぽど効果があると思うけど、現状は逆に向かっている。


あまり知られていないが、ナニワ金融道に出てくる帝国金融は登録貸金業者だ。今もナニワでがんばっているとすると、あのような違法な取り立ては行うことができない。灰原君達は大阪府のコントロール下にあり、債務者は夜8時以降の取り立てや、会社や親兄弟まで押しかけての取り立てにおびえることもなく、粛々と返済をがんばることだろう。
しかし、今も連載が続いている闇金ウシジマくんは、まさに闇金の話。デリヘルに沈められちゃったり、裸にして樹海に捨てられるような取り立てが本当にあるのかは分からないけど、彼らの商売が法の支配下にないことは確か。

どちらかでお金を借りなきゃならないなら、私は帝国金融で借りたい。
しかしまあ、それも叶わぬ世の中なわけですよ。

ナニワ金融道(1) (講談社漫画文庫)

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闇金ウシジマくん 1 (ビッグコミックス)

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【追記1】

この法律が成立する前、大阪府八尾市の老夫婦が借金苦のために踏切に飛び込み自殺しました。実は二人は死ぬ前に警察に相談にいっていました。恐ろしい暴力団のような人達が毎日毎晩アパートにやってきてすさまじい言葉と共にドアを蹴って騒いでいく。怯え、疲れきった二人は最後の望みをつないで警察に救いを求めたのです。しかしその彼等に警官が言ったのは、「そりゃあ、借りた金はかえさなあかんやろ」という言葉でした。

追記:この事件での警察の対応が問題視されたため、老夫婦の自殺の後に大阪府警はこの闇金の捜査に着手。2年かけて親玉を割り出し沖縄まで追いかけて、出資法違反と貸金業規制法違反で摘発しました。まだ裁判中ですが、求刑が7年の懲役です。

この事件は03年に起きたもので「八尾ヤミ金心中事件」として知られている。私は法律の成立ではなく施行する前と勘違いしていたため、最近の事件しか調べずに「ソースを欲しい」とはてなブックマークで不躾なお願いをし、八尾市の事件であるとの追記をいただいた。
この事件は警察の不作為が話題になったケースだけれども、「そりゃあ、借りた金はかえさなあかんやろ」と言ったというソースは見当たらなかった。実際には、闇金に金を返す必要がないと教えたりと、ある程度の対応は行っていたようだ。
http://www6.big.or.jp/~beyond/akutoku/news/2003/0618-7.html
また、この事件以降、警察は闇金対策に本腰を入れて取り組んでいる。ちきりんさんは、いまも起きている問題のように警察の不作為を語っているが、現状ではこのような事件は発生しにくい状況であることを付記すべきではないかと思う。下記リンクのように実際に事件後に警察が介入したケースもあるようだ。
http://gmmi.jp/magazine/back-number/056.html



【追記2】
道徳論についてはあえて触れなかった。
借金をした人間として、貸金業者道徳心をうまく使って返済を求めること自体に抵抗も反感もない。まあ、当然のことかなと。向こうも商売だし。
また、金利が20%以下になってからは、貸金業者も返済能力を超えた貸し付けは行っていない。リスクを負いすぎるとペイしなくなっちゃったのね。現状、サラ金の成約率は5割を割っているらしいし、武富士は現在新規貸し付けを行っていないという報道もあった。
かつてクレサラ問題といわれる消費者金融の問題は、過払い金訴訟とそれに伴う事実上の金利規制により、ほぼ解消されつつあるのが現状。杓子定規な総量規制をあえてする必要があるのか、やはり疑問。